日本は、過去の侵略に対する加害者としての反省から、国際紛争解決の手段としての武力行使の可能性を自ら禁じました。


国連は、日本、イタリア、ドイツによる侵略の経験に学んで、国際の平和および安全を維持し回復するための最終的な手段として武力行使の可能性を残したのです。


・・・しかし、戦後の日本は、過去の清算という点で、近隣アジア諸国をはじめとする国際社会が納得するだけのことをしていません。


むしろ、湾岸危機を奇貨として、アメリカからの圧力を口実にして、自衛隊の海外派兵を実現し、憲法の平和主義の理念を空洞化しようとしているのです。


国連協力(国際貢献)に名を借りた軍事大国化という方針の追求です。


上に述べたアメリカの政策とあまりにも似かよっていることに驚かされます。


湾岸危機は同時に、国際危機に対処する上での国連の可能性をも示したということです。


国際社会が結束して行う経済制裁は、有効な海上封鎖をともなう場合・・・


イラクのような強大な軍事力を有する国家に対しても極めて効果を発揮することが明らかとなったのです。


膨大な破壊と犠牲を強いる軍事的解決ではなく、国際的な圧力による政治的解決こそ、これからの国際社会が目指すべき方向です。


それは同時に、国連を強化する方向でもありますし、大国による中小国支配という危険性を抑え込む道でもあるのです。


国連憲章の国際平和の実現を目指す立場と日本国憲法の平和主義の立場とは基本的に一致するということです。


憲法の平和主義を突き崩す政府・自民党の政策は国連の目指す方向に挑戦する以外の何物でもないということです。


湾岸危機以後、アメリカがしきりに国連を重視する発言をするようになった背景には、安保理常任理事国として従来はアメリカの独走をチェックする一定の機能を営んできたソ連と中国が、おのおのの事情があって・・・


いまやアメリカの政策に同調し、下支えするようになったという事情がありました。


しかし、国連憲章が目指す「国際の平和と安全」の内容と、アメリカ(および同国に従う日本)政府の目指す「国際の平和と安全」の内容との問には、重大な違いがあるということです。


・・・そのことは、湾岸危機・戦争に対する両者の対応から明らかになりました。


戦争勃発後のデクエアル国連事務総長の苦悩に満ちた発言や年次報告(91年9月10日公表)は、国連の名を借りてアメリカが行った行動が、実は国連の目的を否定するものであったことを、間接的ではあっても鋭く指摘するものでありました。


・・・今後も深刻な地域紛争が起こる可能性は否定できません。


しかし、問答無用式の軍事的解決を指向するアメリカの「新世界秩序」構想の危険性は明らかとなりました。

「明白な運命」(マニフェスト・デスティニー)は、その後アメリカの帝国・王義的膨張が起こるたびに使用されるキーワードの一つになりました。


「明白な運命」に操られて地球空聞のあらゆる場所に干渉し、割りこんでいった現代アメリカのどうにもならなくなった運命が、その言葉のなかに象徴されているように思えます。


失われた自然の摂理空間は新世界の価値体系を形づくり、拡張欲を刻む尺度で表されるようになりました。


同時に時間の価値・・・


速度の経済性についてもこれに劣らず重要でしたが、このことを、アメリカ資本主義の発展の中で考察してみましょう。


もともと空間と時間は別々の概念であって、しかも別々ではありません。


空間の「征服」は時間の概念と不可分です。


たとえば鉄道の建設は、これまで一般の旅客には不可能または困難であった広大な内陸の輸送を可能にしました。


同時にこれまで数カ月もかかった馬車や船による旅行は、数日ですむようになりました。


しかし、さらに重要なのは、鉄道の開通によって、列車の到着や出発の時間を定めることが必要になった点です。

都市の膨張とその貧困者の増大は、新しい国に未知の社会問題を提供しました。


さらに、そのようにアメリカの空間に生じた激しい変貌の中で、南北間の亀裂は拡大し、戦争の危機が差し迫っていました。


農業に表れた商品生産化や西部の開発では南北とも同じでしたが、北部では資本主義的生産方式が進んだのに対し、南部は奴隷制度による黒人の労働集約的生産方式に依存していました。


新しく連邦に加入してくる州に対して、奴隷州にするか自由州にするか、対立は深刻化するばかりでした。


そして1861年、サウスカロライナ州チャールストン港口のサムター要塞で、ついに両者の戦闘の火ぶたが切って落とされたのです。


他方、アメリカ人の内陸における空間「征服」の余地が狭まるとともに、空間支配欲はいっそう拍車がかかってきました。


1845年『デモクラット・レビュー』という雑誌に、その編集者であるジョン・L・オサリバンという男が論説を書いて、当時メキシコ領であったテキサスの併合を主張しています。


その論説のなかで彼は、そのような合併は


「神によって与えられたこの大陸にわれわれが拡大する明白な運命」


・・・であると述べました。

都市の拡大は大西洋岸の商工業都市ばかりでなく、アパラチア山脈を越えた中西部でもシカゴ、ピッツバーグ、シンシナチ、セントルイスなどの新興都市を形成していました。


都市は農業にとっての消費市場であったばかりでなく、農業の資本集約化に伴って追放された農民の流入先でもありました。


都市は商業、交通の中心地として繁栄するとともに、新たに登場してきた綿業や食品や食肉加工の工場の立地点でもありました。


同時に都市はヨーロッパからとうとうとして流れ込んでくる移民の受け入れ場所ともなりました。


・・・1840年ごろになると、それまでに比べて、移民の質も低下してきました。


以前に移民はヨーロッパでの被抑圧者や失敗者であったにせよ、多少財産のあるものもいて、彼らは内陸に入って農園を買ったり、地方で商店を持つことができました。


しかし、1840年ごろにはとくにアイルランドの飢饅やドイツの農業不作を反映して、ほとんど着のみ着のままの姿でアメリカに逃れてきて、たどりついた都市に定着して・・・


いわゆる都市プロレタリアートとなった移民が街にあふれるほどになっていました。


アメリカの農業がビジネス化していった背景には、農作物の著しい商品生産化が進んでいたことが指摘されねばなりません。


商品生産者としての農民は機械化のような省力技術にも抵抗は示さなかったのです。


農作物の輸送や市場開拓のためには道路、運河、鉄道の開設にも熱心でした。


彼らはまたコスト計算や金融や市場価格などの問題やその解決にも熟達していったし、そのための情報収集にも力を入れました。


州政府や連邦政府にも彼らの要求と保護を強力に働きかけましたが、そのひとつの成果として1862年に中央に農業省が設立されました。


第三に空間にあらわれた重要な変化として、このような資本主義的農業生産が拡大してゆくにつれて、農作物や食肉の市場としてアメリカには急速に都市空間が拡がっていったことを指摘しておかねばなりません。


人ロの増大でその膨張の程度をみてみると、アメリカの総人口は1790年には400万、1830年には2200万、1860年には3100万人と増加し続けましたが、都市の膨張はそれをはるかに上回っています。


たとえばニューヨークの人口は1790年には3万人、1820年でも12万人でしたが、南北戦争前あっという間に100万人を突破したのです。


人間の手あかのつかない自然生態系のなかで、栽培植物を営む農業を草原指向型土地利用と呼ぶとすれば・・・


都市化は裸地指向型土地利用ということができます。


広域の大都市圏では、都心や工場地帯は裸地指向の土地利用であり、それをとりまく郊外の住居地域は、庭園的自然管理のゾーンです。


さらにその外縁部の果樹田畑は、草原指向の土地利用と、自然の質や維持のされ方からみることができます。


これらの土地利用のうち、都心や工場地域では緑の必要性はニ次、三次の問題であり、文化人類学者のいうように、とりたてて緑がなくても充分に機能は果たしうるでしょう。


実際、アーケードのある商店街や町家の密集地では、緑が乏しいし、また下町の町工場には緑はほとんどみられない場合もあります。


ダウンタウンでは緑よりも、むしろ機能が重視されます。


都市に緑がみられるのは、アップタウンです。


下町に対して山の手、最近では郊外住宅地です。


・・・ここでは居住環境としての快適さや豊かさに利便性や機能性よりも高い価値がおかれます。

たまたまある一定の地域が3割の緑を確保していたとしても、そこに飛来する野鳥は周辺の山や河川に生息地をもっています。


自然生態系を一定の地域で維持させてゆくためには、地域を超え広域の自然地域の存在が必要なのです。


・・・結局、都市と緑で代表される自然との関係は、時代ごとの価値や機能あるいは都市の形態、規模などによって変わってくると考えた方が妥当だといえます。


つまり緑の存在そのものを、相対的な状況の中でとらえておく必要があるということです。


今日のように、緑が脚光をあび、その価値が評価されるのは、高密度・巨大都市の出現にともない、人びとが緑に期待する内容も一時代昔のそれよりもはるかに多種多様になってきたからに他なりません。


・・・これも相対的な関係といえます。


高密度巨大都市、情報化社会といった背景における緑は、従来のそれよりもはるかに複雑で重層的な意味をもってきています。


しかし、このような背景の緑を、都市計画家・環境計画家・造園家・生態学者はまだ個別的な枠のなかでしか扱っていないのです。


複雑で重層的な意味をもてばもつほど、新しい視点からの都市と緑との関係を見つけ出さねば、せっかくの研究も対症療法的になってしまう恐れがあるでしょう。

前回のべたようなことは多いに越したことはないでしょう。


しかし、少ないからといって都市が機能しえないことはないからです。


このような相対論に対して、都市の緑に量、質の面から、一定の規準を設けようとする気運もあります。


主として生態学からのアプローチです。


・・・たとえば、ある一定の都市域に対して、その面積の3割が公園や庭の他に田畑を含めた何らかの緑でおおわれていれば、ホタルやトンボが生息し、野鳥が飛来する環境が維持できるという仮説があります。


この仮説は自然生態系が都市のなかにも存在していることを物語っています。


・・・しかも、この3割の緑は地域に静けさをもたらし、人間が排出する炭酸ガスや自動車の排気ガスを浄化するといったように、都市活動と自然の生態系の共存が、この3割という基準によって保証されるというのです。


この仮説は理論上は正しいでしょう。


・・・しかし、実際の都市計画における政策の目標値としては、さまざまな点で無理が生じるのです。


都市は島のように閉じた環境系ではないから、絶対的な緑の尺度を論じることは不可能です。


・・・なぜなら、都市における緑の分布形態は、都心部に近い業務、商業地域で極端に少なく、郊外にゆくほど多くなります。


都市のどの断面、空間をとっても緑がある一定の割合を確保することなどありえないのです。

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