中国の西域や地中海沿岸地域などの乾燥地帯では、まわりにはほとんど草木さえないにもかかわらず、人の住んでいる都市には緑がふんだんにあります。
・・・つまり地下水が湧出するオアシスのまわりに人びとが定住し、また人びとが定住すると何とか緑をふやそうとします。
あふれんばかりの森がある地域の都市内では、緑は排除の対象ですし、緑の全くないところでは何とか緑をふやし大切にします。
・・・いずれにせよ緑と都市、自然と都市の関係は、どうも量、質ともに相対的な位置にあるようです。
都市のなかの緑がこのように相対的なものであるとすれば、緑のまちづくりや、公園緑地政策、さらには緑の保護保全を考えるときの都市の自然のあり方について、何を基準にしてゆけばよいのでしょうか。
単に精神の浄化作用や風致、レクリエーション、スポーツなどの戸外生活の場に緑があればよいというぐらいの根拠であれば・・・
人口や都市の規模に応じてそれらの場が必要であるという相対論として、人間の欲求に応じた緑の基準値を設定できるかも知れません。
しかし、この相対論も、都市が巨大になれば緑もそれだけ多くのものを必要とするのかといえば、あやしくなりますね。