アメリカの農業がビジネス化していった背景には、農作物の著しい商品生産化が進んでいたことが指摘されねばなりません。
商品生産者としての農民は機械化のような省力技術にも抵抗は示さなかったのです。
農作物の輸送や市場開拓のためには道路、運河、鉄道の開設にも熱心でした。
彼らはまたコスト計算や金融や市場価格などの問題やその解決にも熟達していったし、そのための情報収集にも力を入れました。
州政府や連邦政府にも彼らの要求と保護を強力に働きかけましたが、そのひとつの成果として1862年に中央に農業省が設立されました。
第三に空間にあらわれた重要な変化として、このような資本主義的農業生産が拡大してゆくにつれて、農作物や食肉の市場としてアメリカには急速に都市空間が拡がっていったことを指摘しておかねばなりません。
人ロの増大でその膨張の程度をみてみると、アメリカの総人口は1790年には400万、1830年には2200万、1860年には3100万人と増加し続けましたが、都市の膨張はそれをはるかに上回っています。
たとえばニューヨークの人口は1790年には3万人、1820年でも12万人でしたが、南北戦争前あっという間に100万人を突破したのです。