日本の父親たちは、車で20分走れば街のどこにでも行けるところで働いているのではなく・・・


1時間以上も電車に揺られて昔ながらの金融センターの周辺まで通勤しているという事実です。


ミルトン・キーンズで毎日、ロンドンのシティーまで通勤しているひとは、皆無に近いでしょう。


そして、日本の場合は、主婦やこどもたちも長時間電車を比較的いとわないため、父親が働いて家を空けている時間を縫って、都心の文化施設まで、先端のアートやパフォーマンスを味わいに出かけます。


それは東京や京阪神地区には、イギリスの鉄道よりももっと密度の高い都市交通網が発達していることに多くを拠っています。


そうした比較でいえば、ミルトン・キーンズの暮らしは、日本の地方中核都市の暮らしに近似しています。


わずかの距離でも車に乗ってしまう暮らし・・・。


家族は複数のマイカーがなければ自由に動けない・・・。


1ヵ月になんどかは相応な文化行事が東京から巡回してきます。

日本は、新しい国際秩序のあり方を主体的に考え、その中での国連の役割と日本の係わり方を考えようとするのであれば・・・


政府・自民党が戦後一貫して追求してきた徹底した対米協力路線(PKO法案はその一環)そのものの今日的妥当性を考え直さなければならないということです。


そして、憲法の平和主義の理念こそが、これらの問題意識に対して説得がある回答を与えるものであることが明らかになるのです。


私たちが国連とどう係わっていくべきかという問題意識を持っておられる人々に、少しは役に立つのではないかと考えます。


今日の日本が直面している外交・安全保障政策上の課題は、国連との係わり以外の分野でも重要なものがあります。


・・・とくに憲法第9条との係わりでは、湾岸危機を契機に急速に浮上した国連平和維持活動に対する自衛隊の参加という問題を通して、違憲の存在である自衛隊をどうするのかという問題が改めて厳しく問われています。

日本は、過去の侵略に対する加害者としての反省から、国際紛争解決の手段としての武力行使の可能性を自ら禁じました。


国連は、日本、イタリア、ドイツによる侵略の経験に学んで、国際の平和および安全を維持し回復するための最終的な手段として武力行使の可能性を残したのです。


・・・しかし、戦後の日本は、過去の清算という点で、近隣アジア諸国をはじめとする国際社会が納得するだけのことをしていません。


むしろ、湾岸危機を奇貨として、アメリカからの圧力を口実にして、自衛隊の海外派兵を実現し、憲法の平和主義の理念を空洞化しようとしているのです。


国連協力(国際貢献)に名を借りた軍事大国化という方針の追求です。


上に述べたアメリカの政策とあまりにも似かよっていることに驚かされます。


湾岸危機は同時に、国際危機に対処する上での国連の可能性をも示したということです。


国際社会が結束して行う経済制裁は、有効な海上封鎖をともなう場合・・・


イラクのような強大な軍事力を有する国家に対しても極めて効果を発揮することが明らかとなったのです。


膨大な破壊と犠牲を強いる軍事的解決ではなく、国際的な圧力による政治的解決こそ、これからの国際社会が目指すべき方向です。


それは同時に、国連を強化する方向でもありますし、大国による中小国支配という危険性を抑え込む道でもあるのです。


国連憲章の国際平和の実現を目指す立場と日本国憲法の平和主義の立場とは基本的に一致するということです。


憲法の平和主義を突き崩す政府・自民党の政策は国連の目指す方向に挑戦する以外の何物でもないということです。


湾岸危機以後、アメリカがしきりに国連を重視する発言をするようになった背景には、安保理常任理事国として従来はアメリカの独走をチェックする一定の機能を営んできたソ連と中国が、おのおのの事情があって・・・


いまやアメリカの政策に同調し、下支えするようになったという事情がありました。


しかし、国連憲章が目指す「国際の平和と安全」の内容と、アメリカ(および同国に従う日本)政府の目指す「国際の平和と安全」の内容との問には、重大な違いがあるということです。


・・・そのことは、湾岸危機・戦争に対する両者の対応から明らかになりました。


戦争勃発後のデクエアル国連事務総長の苦悩に満ちた発言や年次報告(91年9月10日公表)は、国連の名を借りてアメリカが行った行動が、実は国連の目的を否定するものであったことを、間接的ではあっても鋭く指摘するものでありました。


・・・今後も深刻な地域紛争が起こる可能性は否定できません。


しかし、問答無用式の軍事的解決を指向するアメリカの「新世界秩序」構想の危険性は明らかとなりました。

「明白な運命」(マニフェスト・デスティニー)は、その後アメリカの帝国・王義的膨張が起こるたびに使用されるキーワードの一つになりました。


「明白な運命」に操られて地球空聞のあらゆる場所に干渉し、割りこんでいった現代アメリカのどうにもならなくなった運命が、その言葉のなかに象徴されているように思えます。


失われた自然の摂理空間は新世界の価値体系を形づくり、拡張欲を刻む尺度で表されるようになりました。


同時に時間の価値・・・


速度の経済性についてもこれに劣らず重要でしたが、このことを、アメリカ資本主義の発展の中で考察してみましょう。


もともと空間と時間は別々の概念であって、しかも別々ではありません。


空間の「征服」は時間の概念と不可分です。


たとえば鉄道の建設は、これまで一般の旅客には不可能または困難であった広大な内陸の輸送を可能にしました。


同時にこれまで数カ月もかかった馬車や船による旅行は、数日ですむようになりました。


しかし、さらに重要なのは、鉄道の開通によって、列車の到着や出発の時間を定めることが必要になった点です。

都市の膨張とその貧困者の増大は、新しい国に未知の社会問題を提供しました。


さらに、そのようにアメリカの空間に生じた激しい変貌の中で、南北間の亀裂は拡大し、戦争の危機が差し迫っていました。


農業に表れた商品生産化や西部の開発では南北とも同じでしたが、北部では資本主義的生産方式が進んだのに対し、南部は奴隷制度による黒人の労働集約的生産方式に依存していました。


新しく連邦に加入してくる州に対して、奴隷州にするか自由州にするか、対立は深刻化するばかりでした。


そして1861年、サウスカロライナ州チャールストン港口のサムター要塞で、ついに両者の戦闘の火ぶたが切って落とされたのです。


他方、アメリカ人の内陸における空間「征服」の余地が狭まるとともに、空間支配欲はいっそう拍車がかかってきました。


1845年『デモクラット・レビュー』という雑誌に、その編集者であるジョン・L・オサリバンという男が論説を書いて、当時メキシコ領であったテキサスの併合を主張しています。


その論説のなかで彼は、そのような合併は


「神によって与えられたこの大陸にわれわれが拡大する明白な運命」


・・・であると述べました。

都市の拡大は大西洋岸の商工業都市ばかりでなく、アパラチア山脈を越えた中西部でもシカゴ、ピッツバーグ、シンシナチ、セントルイスなどの新興都市を形成していました。


都市は農業にとっての消費市場であったばかりでなく、農業の資本集約化に伴って追放された農民の流入先でもありました。


都市は商業、交通の中心地として繁栄するとともに、新たに登場してきた綿業や食品や食肉加工の工場の立地点でもありました。


同時に都市はヨーロッパからとうとうとして流れ込んでくる移民の受け入れ場所ともなりました。


・・・1840年ごろになると、それまでに比べて、移民の質も低下してきました。


以前に移民はヨーロッパでの被抑圧者や失敗者であったにせよ、多少財産のあるものもいて、彼らは内陸に入って農園を買ったり、地方で商店を持つことができました。


しかし、1840年ごろにはとくにアイルランドの飢饅やドイツの農業不作を反映して、ほとんど着のみ着のままの姿でアメリカに逃れてきて、たどりついた都市に定着して・・・


いわゆる都市プロレタリアートとなった移民が街にあふれるほどになっていました。


アメリカの農業がビジネス化していった背景には、農作物の著しい商品生産化が進んでいたことが指摘されねばなりません。


商品生産者としての農民は機械化のような省力技術にも抵抗は示さなかったのです。


農作物の輸送や市場開拓のためには道路、運河、鉄道の開設にも熱心でした。


彼らはまたコスト計算や金融や市場価格などの問題やその解決にも熟達していったし、そのための情報収集にも力を入れました。


州政府や連邦政府にも彼らの要求と保護を強力に働きかけましたが、そのひとつの成果として1862年に中央に農業省が設立されました。


第三に空間にあらわれた重要な変化として、このような資本主義的農業生産が拡大してゆくにつれて、農作物や食肉の市場としてアメリカには急速に都市空間が拡がっていったことを指摘しておかねばなりません。


人ロの増大でその膨張の程度をみてみると、アメリカの総人口は1790年には400万、1830年には2200万、1860年には3100万人と増加し続けましたが、都市の膨張はそれをはるかに上回っています。


たとえばニューヨークの人口は1790年には3万人、1820年でも12万人でしたが、南北戦争前あっという間に100万人を突破したのです。


人間の手あかのつかない自然生態系のなかで、栽培植物を営む農業を草原指向型土地利用と呼ぶとすれば・・・


都市化は裸地指向型土地利用ということができます。


広域の大都市圏では、都心や工場地帯は裸地指向の土地利用であり、それをとりまく郊外の住居地域は、庭園的自然管理のゾーンです。


さらにその外縁部の果樹田畑は、草原指向の土地利用と、自然の質や維持のされ方からみることができます。


これらの土地利用のうち、都心や工場地域では緑の必要性はニ次、三次の問題であり、文化人類学者のいうように、とりたてて緑がなくても充分に機能は果たしうるでしょう。


実際、アーケードのある商店街や町家の密集地では、緑が乏しいし、また下町の町工場には緑はほとんどみられない場合もあります。


ダウンタウンでは緑よりも、むしろ機能が重視されます。


都市に緑がみられるのは、アップタウンです。


下町に対して山の手、最近では郊外住宅地です。


・・・ここでは居住環境としての快適さや豊かさに利便性や機能性よりも高い価値がおかれます。

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